次から次へ忘れて


母の日でしたよね。まだ日があるとおもっていたらもう八日の夜になっていて、明日スタジオ終わりに何か物色して帰宅途中に実家へ寄ればいいかな・・・と企んでいたら携帯電話の電子メールにて母より「母の日だよ」と。どうして母の日って、あるのでしょうか。暮れと正月と誕生日しかやらない私にはわかりません。私みたいなやつが、お上にたいする有り難味を忘れないためにあるのでしょうけれど、そもそも私みたいなやつは母の日を覚えておりません。毎日「母の日セール」の文言を目にしながらも忘れていましたし。
翌日。目論み通りスタジオ終わりにいつもの小物屋へ。茶器や何かを見繕う。連れ合いの分も買わねばならぬ。と店内をうろうろしていると、いい塩梅の下駄が目にはいる。放浪と出勤以外、要するに突っ掛けとしてずっと愛用していた、下駄がぱきっといっちゃってからこっち、べつのぽっくり下駄を仕方なく履いていたのだけれど、ぽっくり下駄は好みでないし、それもつま先が欠けてしまって、その上先の震災で玄関が灯油浸しになった折、変色してしまったし惜しいが捨てようと決心し先日ごみの日に出したのだった。いい下駄はないかとときどきそれらしい店へはいっては見ていたのだけれど、やっぱりぽっくり下駄やサンダルふうのが多く、見送ってばかりであった。二千円弱。黒塗りなので、また欠けてしまったら一層目立つだろうなあ。
十日。スタッフ駐車場に車を停めるとフロントガラスに滴がいくつか。ホームセンタアで買った安物の傘が後部座席にあった気がして目をやると、クッションの影になにか箱。なんだったかね、と見てみると、あれだった、BF氏と放浪した際に、氏から手渡された土産品であった、すっかり忘れていた。こちらは手ぶらでただ傍まで行って隣にのせて連れまわしただけ、それなのに氏は、おそらく実家だとかのために買って持ってきたなかのひとつをこんな小者に・・・とおもうと申し訳なさでいっぱい。あとでなにか送らせていただこう、忘れぬようここに記しておく。
それにしてもなにゆえ大阪からの土産物が九州新幹線、なのだろう。なにかお笑い的なものを込めてなのだろうか、調べてみたら九州新幹線って大阪まで走っているのですね。笑いを狙っているのかと疑ってしまい、さらに申し訳なさが増す宵。ごちそうさまです、ありがとう。


忘れてばかりいて、こんなふうにだれかに肯定されてぬくぬくしたいけれど、あまり肯定され続けても不安になってしまうじぶんはずいぶんと面倒臭いやつなのだろうなあ。指先の冷たい女は臆病者だから独りじゃ生きてゆけない。私、温いや。